いつか家を建てるなら、憧れの大正ロマン薫る洋館みたいに、と思っていた。

 

建具や家具は深いダークブラウン。

腰壁の上にはペールブルーを、じゅうたんにワインレッドを効かせて。

ステンドグラスを通して彩られた、優しい光が射す穏やかな空間。

アンティークオルゴールの音色も似合うだろう。

花柄のコーヒーカップでお茶を楽しむ私を夢見ていた。

 

現実はそう上手くはいかないものだ。

 

立地に魅かれてなんとか手に入れた小さな建売住宅は、白木の床に白い壁紙、陽当たり良好な目映い家。

私の憧れとは正反対だった。

それに、素敵なダークブラウンの家具を買う余裕はなく、白いプラスチックの収納ケースが並び、重厚な猫脚つきの曲線美の代わりにあるのは、キャスターつきの軽快なフットワークだった。

 

ただ、心機一転して親子ふたり暮らしを初めるには、この明るい家でよかったと今では思う。

女ふたりの心細さも、娘が大学生となり私ひとりになった寂しさも、介護が必要となった母親をひきとりながら仕事を続けたプレッシャーも…全部この明るい家が包みこんでくれた。

陽当たりのよいリビングで、炬燵に入ってごはんを食べる、それだけで少しだけ元気が出た。

 

実家の柱には、私のきょうだいやそれぞれの子どもたちが身長を刻んであり、もう誰も居ないそこで柱を見つめると、ノスタルジーをおぼえて胸の奥がつんとしてくる。

 

私の家。

娘をひとり残して行くことになってしまった明るい家。

実家のように壁の落書きや柱の身長も何もないけれど…この白い壁と暖かなリビングには、ふたりで支え合った確かな成長の記録が刻まれている。

少し離れた場所から見守る私。

娘にはこの家で強く、しなやかに生きていってほしいと願っている。

 

引っ越しの準備で片付けを進める毎日の中で、『どんな家に住むのか』よりも、『その家でどう生きていくのか』の方が大事だとやっと気づいた。